康全寺(西尾市満全町)
2006年12月10日
名鉄西尾駅から中央通りを大手門跡方向に向かって辿りました。中央通り商店街の閑散とした様子は非常に寂しいものがありますね。西尾を電車で訪れるときには、いつも曹洞宗康全寺(満全町)と山門左手の大日堂に参拝しています。
康全寺の来歴です。応永5年(1398)、西尾城内の御剣八幡宮の2坊、神宮寺と金剛院を吉良満貞が統合し吉良山満全寺として復興。天正9年(1581)、城主酒井重忠期に家康が巡見の際に当寺に泊まり、一字をもらい受け西尾山康全寺としました。その後、城の改築にともない、現在地に移築し、城の鎮護の寺としました。大手黒門と丁田門の中間点に当たります。
寺宝に室町期製作の梵鐘(実相寺由来)、天正期製作の魚鼓があります。
康全寺の来歴です。応永5年(1398)、西尾城内の御剣八幡宮の2坊、神宮寺と金剛院を吉良満貞が統合し吉良山満全寺として復興。天正9年(1581)、城主酒井重忠期に家康が巡見の際に当寺に泊まり、一字をもらい受け西尾山康全寺としました。その後、城の改築にともない、現在地に移築し、城の鎮護の寺としました。大手黒門と丁田門の中間点に当たります。
寺宝に室町期製作の梵鐘(実相寺由来)、天正期製作の魚鼓があります。
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